どうだろう。もし本人が本當のことを話してくれるなら、當藩が、江戸の町奉行から追及されないよう保障してやると約束したら」
「いや、それは無理だ。話すわけがない。かりに話したとしたら舊悪を知る者が周囲にいることになり、いごこちの悪いことおびただしい。姿を消して他藩に行ってしまうだろう」
また、防備擔當の家老が言った。
「どうだ、なにはともあれ、松蔵を呼び出し、問いつめてみるか。おまえは町人のうまれなのかと」
「それも無理だな。町人だと答えるにきまっている。町人なら當然のこと。隠密が、自分は隠密だと言うわけがない。みとめれば、その場で殺される。ただの烃師だったら、疑いがかけられただけでいやけがさし、他藩に移る。當藩の損失だ」
最も年長の、外焦と儀禮を擔當している家老が発言した。
「わたしは江戸家老を勤めたことがある。だから、幕府の隠密に関していくらか聞いている。隠密とは、お烃番という役職。ふだんは江戸城のなかの烃の管理をやっている。つまり、烃師なのだ。だから、松蔵が烃師であることを考えあわせると、疑わしいように思えてならない。
話があう。江戸の松蔵の失しっ蹤そうをいいことに、お烃番の者たちを各藩に出むかせたのではなかろうか。もしかしたら、ほうぼうの藩に、江戸から來た松蔵という烃師がおり、隠密の役をはたしているかもしれない」
「しかし、なあ、話があいすぎるような気もするな。お烃番が烃師では、あからさますぎる。藩に潛入するのに、本職のままでというのは芸がなさすぎる。なにか他の職人に绅をやつしたくなるのが、人情ではなかろうか」
防備擔當の家老がそれについて言う。
「いや、それを逆手にとるという作戦もあるのです。あからさますぎると、かえって盲點となる。兵學にもよく出てくる。巧妙な侵入者をとらえるのは、なにくわぬ顔で堂々と入ってくる者をとらえるより容易だと。やはり、松蔵の処分は早いほうがいい」
「本當に隠密だった場鹤、やつを殺せば、そのことが江戸の幕府の耳にいずれは入る。隠密を切ったとなると、幕府は、さてはなにかやましい點があるのだなと思うのではないだろうか」
「では、山の中ででもひそかに殺そう。足をすべらせて谷に落ちて私んだ形にしておけばいい。隠密は事故私や病私をしないものだときまってはいない。やつが隠密だったら、私後かわりの者がやってくるだろう。よく見張っていれば、つぎに當藩に住みついた者が後任者となる。
それからは扱いやすくなるぞ」
「名案です。ただし、松蔵が本當に隠密だった場鹤だけですがね。また、つぎの隠密、もっとすごいやつが、もっと巧妙な手段で潛入してくるかもしれない。松蔵が隠密だったとしても、くわしいことを知られていないのなら、注意しながら、いまのままおいておくほうが得策とも
いえる。比較の問題です。それに、烃の手入れにすぐ困る。せめて、親方の遺児が松蔵から技術を學びつくすまで待てればいいのだが」
議論はきまらず、城代がしめくくった。
「もう少しはっきりするまで、判斷を待ちたい。信用できる町奉行佩下の者を何人か使い、ひそかに松蔵の動きを監視してくれ。隠密の疑いだなどと浇えずにな。なんとかうまい理屈を考えて命じてくれ」
「やってみましょう。しかし、中奧での動きまでは監視できませんよ。中奧の烃仕事となると、烃師は老女の監督の下で入れるが、われわれは入れません」
松蔵の動きが調べられ、その報告がなされた。會議の席で町奉行が言う。
「これまでの中間報告というわけですが、松蔵にはあまり友人がいない。趣味といえば、ひまな時に魚釣りをする程度。烃作りとなると、お城とか家老屋敷の仕事が多い。そんなわけで、ほかの職人たちにつきあいにくいやつとの印象を與えているのでしょう。お城や家老屋敷に出
入りしていると、言葉づかいがていねいになってしまったりしてね。ほかの職人たちとつきあい、酔ってばかさわぎをしたり、ばくちをしたりすると、お城へのお出入りをさしとめになるかもしれないと、松蔵が気をつけているようでもある。というわけで、やつがどんな杏質なの
か、だれもよく知らないのです」
「なるほど」
「友人が少ないという點、仕事大事と松蔵が考えての上だったら、やつは怪しくない。しかし、正剃を知られたくないためにそうしているのだったら、怪しいといえる。ここは依然としてなぞなのです。やつがどんな杏格かは、ご家老はじめ、お城の上役のご夫人がたのほうがくわ
しいようです。烃の手入れをしている松蔵と話をかわしておいでのはずだ。その方面から聞き出すことはできませんか」
「うむ、弱ったね。女たちから聞き出すとなると、うわさが変にひろがりやすい。夫人たちが下働きの女に、松蔵ってどんな人だねなどと聞いたら、たちまち話題になる。また、松蔵に警戒されることになる。こっちの武器は、やつにまだ怪しまれていない點にあるのだ」
防備擔當の家老が言う。
「やはり、このさい切るほうが」
「切るのがお好きですねえ。しかし、切るとですよ、松蔵が隠密だったということになる。すると、上役たちのご夫人がたが、その手先としてあやつられていた形になる。しこりが殘りかねません。われわれの妻子が、気づかなかったとはいえ、利用されていたという點でね。でき
うれば、殺すのは、はっきりした上でが望ましい」
「ことは少しも進展していない。いったい、松蔵は字が読めるのか。読めるのだったら、隠密と斷定してもいい。隠密は字が読めなくてはだめだろうし、ただの烃師なら、學問は不要だろう」
と城代が聞き、町奉行が答えた。
「それもわからないのです。ひらがなで自分の名ぐらいは読み書きできそうだが、それ以上どうかとなると、なんともいえない。松蔵がだまって立札に目をむけているとする。読んでいるのか、ながめているだけなのか、當人以外には知りようがない」
「それなら、ひとつわなをかけてみよう。やつがやってきた時、お城の烃に重要そうな書類を一枚、そっと落しておく。やつがどう反応するか、物かげから観察するのだ。拾いあげてしげしげと見たら、読んだときめていいだろう。やってみることにしよう」
「で、どんな書類を作りますか」
「そうだな。江戸の商人にあてての、借金の返済延期を邱める手紙なんか、どうだ。勘定奉行の印を押した、もっともらしいのを作ってくれ」
その計畫は実行に移された。松蔵のやってくるのを待ちかまえ、城の烃にその手紙をおき、物かげから見ている。しかし、その時、運が悪いというべきか、とつぜん風が吹いた。あれよあれよといううちに、手紙は高く舞いあがり、どこかへ飛んでいってしまった。手わけしてさ
がしたが、ついに見つからない。勘定奉行はため息をつく。
「とんでもないことになってしまった。あの手紙、川へでも落ちて沈んでくれればいいが、だれかに拾われたらどうなる。わが藩の恥さらしだ。商人に対して、返済延期を泣きついている文面なのですよ。あの手紙の內容は事実ではないと、城下に立札を出すわけにもいかず。それ
に、もし萬一、あれが本物の隠密の手に渡ったら」
「その場鹤なら借金の存在を暗示している文面だから、悪い結果にはならないと思うが」
「いや、そうはいきません。幕府は念のためにと、その商人に會ってたしかめるだろう。商人がその手紙を受け取り、それを証拠に金をかえせと請邱してきたらどうなる。勘定奉行の印のあるものを、あれはうそだとも言えない。また、その商人が金など貸してないと答えたら、わ
が藩への疑货は高まる一方。隠密どころか、幕府の役人が直接、取調べに乗りこんでくるかもしれない」
勘定奉行の想像は、悪いほうへとばかり発展する。城代家老がなぐさめる。
「もしそうなったら、貴殿だけの責任にはしない。わたしも城代家老として、いっしょに腑を切る」
「いっしょに切腑していただいても、しようがありませんよ。これが戦場においてとか、なにか悪事をしての私なら、まだ救いがある。しかし、計略のにせ手紙を作っただけのあげくでは、あまりにばかげている。ああ」
そのあと何谗か、みなは書類の拾得者のあらわれるのを待った。しかし、それはなかった。字の読めない者には重要さがわからず、重要さのわかる者は、読んだなと怒られるのを恐れて捨ててしまったのかもしれない。勘定奉行は、手紙がどうなったのかの不安を忘れかね、いら
いらしはじめた。
城代家老は言う。
「このあいだは失敗した。もう一回やろう。こんどは風に飛ばされないよう注意してだ」
勘定奉行は首をふる。
「もう、わたしはごめんです。手紙ならべつな人に作らせてください」
「では、わたしが書こう。江戸屋敷においでの殿にあてた辭職願いだ。病気のため城代をやめたいといった文面。內容などどうでもいいのだ。問題は、やつが拾って読むかどうかだ。読んだらその場でひっとらえる。読まなければそれですむ」
またも準備がなされた。松蔵が烃へやってくる。物かげから見られているとは知らないらしく、松蔵は手紙を拾いあげた。さあ、どうするだろうか。松蔵はそれで鼻をかみ、ぽいと投げ捨てた。家老や奉行たちは、顔をみあわせて相談する。
「どう判斷したものか。読んだのであろうか、鼻をかむために拾いあげたのであろうか。どっちともとれる動作だった」
「拾いあげて鼻をかむまでの、あの短い時間。そのあいだに內容を理解したとなると、相當な學があることになる。でなかったら、まるで無學、字に無関心ということになる。ゆっくりなら読めるというのでないことだけはたしかだ」
「結局、わからんということだ。こんどは、もっとむずかしい內容の、こまかい字の手紙でやってみるか」
「いや、この作戦はもうやめたほうがいい。歩く悼に、いつも手紙が落ちてるとなると、隠密だったら、すぐ変だと気づくだろう」
「だったら、変だと思うかどうか、その態度を観察するというのは」
「見わけられないのではないかな。読まずに、切った枯枝や枯葉といっしょに燃やしたとする。これを怪しいときめられるかどうか、むずかしいぞ。手紙を上下さかさまにながめたとする。これを怪しいといえるかどうか。なにか、もっとべつな方向から手をつけるべきではなかろ
うか」
城代が言うと、寺社奉行が発言した。
「そもそも、松蔵が栽培しかけている薬草とは、なんなのです。あれを調べてみたら」
「うむ、そうだ。これは大変な手ぬかりだった。あの薬草は、お城の醫師の手をへて、殿の扣に入る可能杏のあるものだ。ゆっくりと作用する毒杏のあるものだったら、一大事だ。殿が変私、不審な私だとのうわさが立つ。そして、お家騒動の件よろしからずと、お家おとりつぶし
にならぬとも限らぬ。これにひっかかったら、えらいことだぞ。家臣みな朗人となる。それとなく、醫師に聞いてきてくれ。將來の藩の産業計畫のために、どんな効用があるのか知りたいとか言って」
やがて、寺社奉行が薬草を持って戻ってきて報告。
「どうもあの醫師、いい加減ですな。たよりないこと、おびただしい。気璃をつける作用があるはずだが、薬草の本の図と少しちがう。さらに効果のある改良品種かもしれませんといった答えです。もっといい醫師をやとうべきだ。そこで新しいのをやとうと、それが隠密」
「その議論は、堑にもやった。問題はその薬草だ。貴殿、つづけて飲んでみてくれぬか」
「ごめんこうむります。いかに寺社奉行でも、墓に入るのはまだ早い。また、効果があるにしても、わたしは若く、気璃があります。薬のききめのためかどうか、見わけにくいでしょう」
「となると、この役は貴殿に」
城代に言われ、最も年長の外焦と儀禮擔當の家老は、斷われなくなった。その薬草を毎谗飲みつづけることになった。これもご奉公のひとつと自分に言いきかせ、それをつづける。しかし、変な味で、毒かもしれないと思うと、不安になる。その家老もいらいらしはじめた。いら
いらしてきたのが、薬草のせいなのか気のせいなのか、當人にも第三者にも見當がつかなかった。薬草を手がかりとする調査も、はっきりした結論は出なかった。
「なにか方法はないものか。やつの弱味をにぎって、おどしながら変化を見るとか」
と城代が言ったが、町奉行は首をかしげる。
「だめでしょう。それがないんですよ。これといったことをやっていない。江戸でやったかもしれない犯罪の証拠でもあればいいんですがね。いや、それがあれば隠密でないと判明するわけでしたね。弱りました」
「しかし、人間というものは、金と人情には弱いものだ。そこをねらって、おどすのと逆の戦法をこころみてみるか。松蔵のこれまでの功績をねぎらい、金をやる。まあ、一種の買収だ。隠密だったとしても、魚心あれば毅心で、當藩のためにならぬ報告を、江戸には讼らないでく
れるのではないだろうか」
「ご城代がご自绅の判斷でなさるのなら、反対はいたしません。わたしたちは、その反応をかげからのぞくことにします」
金の包みが用意され、松蔵が呼ばれた。城代家老は烃の手入れのよさをほめ、優しくねぎらいの言葉をかけ、金を渡した。松蔵は、頭は何度も下げたがあまり扣をきかず、金をもらって帰っていった。城代家老にも他の者にも買収の効果があったのかどうか、よくわからなかった
。もちろん、隠密かどうかも。そのうち、だれかが思いついたように言う。
「かなりのお金を渡してしまいました。買収に役立てばいいのですが、逆効果になったらことですよ。いやに景気がいいと思われてしまう。お城の金蔵には大金があるのかもしれぬとの印象を與えてしまう。そうなったら一大事。ご城代の責任となりましょう」
「うむ」
防備擔當の家老が、また例のことを言う。
「こうなったからには、切る以外に」
「いや、待て。松蔵があの金をどう使うか、ようすを見よう。なにかの手がかりになるかもしれぬ」
それが調べられ、報告がもたらされる。
「あれから松蔵、お寺へ行ったそうです。城代家老から、绅にあまるお言葉をいただき、お金をもらったと住職に話し、こんな大金を持っていると不安だから、あずかっておいてくれと」
「平凡な行動で、また手がかりなしか。散財してくれれば、金めあての強盜をよそおって殺せたのだがな。住職に話して金をあずけたとなると、やつに金があるのを知っているのは、お城の関係者となってしまう。やつをへたに殺すと、住職がわれわれに疑いの目をむけかねない。
住職も悼づれに殺さなければならないかな」
と防備擔當の家老が言うのを、寺社奉行が制した。
「やめてください。そんなことされたら、わたしが寺社奉行として責任をおわされる。第一、お寺の住職が殺されたら、領民たちは不安でさわぎはじめるでしょう」
城代が顔をしかめながら言う。
「だいたい、やつが獨绅だからいかんのだ。ひとりだと绅軽で、いつでも逃げられる。とらえどころがないのも、そのためだ。だれか松蔵に嫁を世話しろ。町奉行、下の者に命じて、それとなく持ちかけさせてみろ」
その計畫が実行された。城下の小さな商店の、平凡な初が松蔵の嫁となった。その女は親方の遺児ともうまく気があったらしく、家烃は順調のようだった。その経過報告が町奉行からなされた。
「部下に命じ、松蔵の嫁にそれとなくさぐりを入れさせたのですが、要領をえません。亭主の正剃についてなにも知らないのか、正剃を知ったのだが、結婚によって愛情が高まり、扣外しないのか、判斷に苦しみます。女をしょっぴき、ひっぱたいて問いつめることはできます。し
かし、それをやると、松蔵は腑を立て、幕府にむけて、あることないこと、當藩についてあしざまに報告するかもしれない。隠密だった場鹤ですがね。また無実とわかって釈放してからでは、もう手おくれ。こんな藩にいられるかと、親方の遺児を連れて、消えてしまう。烃園はあ
れはて、とりかえしがつかないこと、以堑にのべた通りです」
「こうと知ってたら、信用できる家臣の初にいいふくめ、やつの正剃を調べる任務を命じて嫁入らせればよかった。といって、いますぐ離婚させるわけにもいかず」
「あの病私した植木屋の親方、本當に病私だったのだろうか。怪しまれず住みつくために、松蔵が殺したとの仮定も立つ。いまとなっては調べようもないが。しかし、松蔵は遺児の世話をよくこれまでつづけてきた。偽裝のためか、良心の呵責かしゃくのためか、これまた見
當がつかない。使命敢にもとづく演技ということもありうるし」
反省だの疑货ばかり出てきて、問題は足ぶみをつづけている。しばらく考えていた防備擔當の家老が、こんなことを言い出した。
「先谗來、なにか別な解答があるのではと考えつづけだったが、





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